起業家のキャリアパスとは、会社を興すまでに何を経験しておくかという設計である。意志はあっても、道筋まで描けている人は少ない。
起業家に求められる2つの力
起業やスタートアップへの関心が高まる中、将来的に自ら事業を興すことを視野に入れるビジネスパーソンが増えている。
一方で、「起業したい」という意志はあっても、そこに至るまでにどのようなキャリアを歩むべきかを明確に描けている方は少ないのではないだろうか。
起業に必要な力は多岐にわたる。大きく整理すると、その領域に対する深い知見と、ビジネスを作る力の2つに集約される。
学生起業家など若くして会社を興した経営者が注目されがちだが、実際には20代での起業成功率は決して高くない。
中小企業庁の調査によれば、起業時の年齢が30代後半〜40代のケースが最も生存率が高いとされている。確かな経験が事業の成功確率を引き上げることが、データからも裏付けられている。
起業に踏み切る年齢の早さよりも、そこまでに何を積んだかが結果を分けるということだ。
まず、領域への深い知見とは、特定の業界における課題感・ビジネスモデル・商慣習を肌感覚で理解していることを指す。
各業界の内情は、外から見ているだけでは把握しきれない部分が多い。その業界に身を置いて初めて見える非効率や未充足のニーズこそが、起業のシーズになるのである。
加えて、業界内で培った人脈やコネクションも大きな資産となる。知見と同じく、その業界に身を置いた時間の中で積み上がっていくものである。
例えば医療領域で起業する場合、病院関係者や医師とのネットワークがあるかどうかで、初期の事業立ち上げスピードは大きく変わるだろう。
特に創業期は、何の実績もない状態からのスタートとなる。自分を信じて最初の顧客やパートナーになってくれる存在は、この上なく心強い。
ただし注意すべき点もある。業界の常識に精通するあまり、既存の枠組みに縛られて新しいアプローチを取れなくなるリスクだ。
業界知見はあくまで武器であり、それに囚われて思考の柔軟性を失っては本末転倒である。深く知っていることと、そこから離れて発想できることは別だと考えたい。
もう一方のビジネスを作る力とは、事業アイデアを構想し、プロダクトとして形にし、収益が回る仕組みへと育てていく一連の力を指す。
リーンスタートアップをはじめとした方法論は数多く存在する。それでも、実際に事業を立ち上げた経験に勝るものはない。方法論は事業を動かす前の見取り図にはなるが、実際に立ち上げてみて初めて分かることのほうが多い。
この経験は、必ずしもゼロから会社を作ることだけを意味しない。社内新規事業の立ち上げに携わる、急成長フェーズのスタートアップでグロースの過程を体感するなど、多様な形で得ることができる。
事業選定の目利き力、MVPの設計思想、初期のマーケティング戦略。こうした要素を、実感を伴って学べる環境に身を置くことが重要である。
実際、孫正義氏はソフトバンク創業前にインベーダーゲームの輸入事業を手がけ、スティーブ・ジョブズ氏もApple以前に電話関連機器の販売を経験している。
小規模でも事業を動かした経験が、後の大きな挑戦の土台になったのだ。
起業を見据えた具体的なキャリアパス
キャリアパスを考えるうえで、最初の大きな分岐点は「起業したい領域が決まっているかどうか」である。
例えば実家が運送業でそれを継ぐといったケースであれば、まずはその業界の知見を深める方向にキャリアを組み立てるのが合理的だ。
業界知見を深めるルートは2つに分かれる。その業界の事業会社に入る方法と、業界をクライアントとする支援会社に入る方法である。支援会社とは、コンサルティングファームや専門商社などを指す。
これまで支援してきた中に、実家の運送業を将来継ぐために、船井総研で運送業向けコンサルタントを経験した方がいた。そこで得た課題認識と解決策を持って家業に戻るというキャリアを歩んだ方である。
このように、その企業自体が業界のプレイヤーでなくとも有効な選択肢となる。見るべきは社名や業種そのものではなく、そこで何に触れられるかだ。業界への深い知見とコネクションを獲得できる環境であればよい。
一方、やりたい領域がまだ定まっていない場合は、まずビジネスを作る力を鍛えることに注力すべきである。
具体的には、成長フェーズにあるスタートアップか、新規事業に積極的な大企業への参画が有力な選択肢だ。
最初は営業やエンジニアとして事業の一端を担うポジションであってもかまわない。事業がどのように設計され、成長していくのかを間近で見て学ぶだけで、大きな財産になる。
より理想的な環境の条件は2つある。実力を認められた先に、事業をリードするポジションへ抜擢される風土があること。そして、良い手本となる優秀な経営者やマネージャーがいることだ。
起業時期の逆算と挑戦の積み方
起業を見据えたキャリア設計において、もう一つ意識したいのが「いつ起業するか」という時間軸である。
漠然と「いつか起業したい」と考えているだけでは、日々の業務に追われてキャリアが流されてしまいがちだ。起業は、日々の業務の延長線上に自然と現れるものではない。
「35歳までに起業する」「3年後に独立する」といった時間的な目標を設定する。そうすることで、逆算して今何を経験すべきかが明確になる。
近年はスタートアップのエコシステムも成熟しつつあり、VCやアクセラレーターからの資金調達環境も整ってきている。
こうした外部環境の変化も踏まえたうえで、自分の準備状況と市場のタイミングを見極めることが求められる。
また、起業前のキャリアで意識したいのが「失敗を許容される環境で挑戦を重ねること」だ。
新規事業の立ち上げは失敗がつきものであり、その失敗から学ぶプロセスこそが起業家としての地力を養う。
支援の現場で見ている限り、起業して成功している方の多くは、会社員時代に何らかの新規プロジェクトや事業開発に携わり、成功と失敗の両方を経験している。
その蓄積があるからこそ、自分の事業においても冷静な判断ができるのだ。
自分の身につけたいスキルを明確にし、期限を設け、必要な経験を逆算して積み上げていくこと。それが、ぼんやりとした起業への憧れを、実現可能なキャリアプランへと変える唯一の方法である。
起業したい領域、目標とする時期、そこまでに積む経験。この3つを言葉にしたら、一度エージェントに話してみてほしい。対話の中でキャリアの選択肢を整理し、次の一歩を明確にする機会になればと考えている。
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