総合商社出身者が起業やスタートアップ経営で成果を上げるケースが増えている。商社で培われるグローバルな事業開発力、異業種をつなぐ構想力、そして泥臭い現場推進力は、経営者としての基盤になり得る。今回は住友商事・伊藤忠商事・三菱商事出身の起業家3名を取り上げ、商社経験がどのように事業創造に活きるのかを紹介したい。
商社パーソンが起業で強い理由——「ヒト・カネ・チエ」を統合する構想力
商社出身の起業家として最も象徴的な存在の一人が、グロービス・グループ代表の堀義人氏である。
堀氏は1985年に京都大学工学部を卒業後、住友商事に入社。その後ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得し、1992年にグロービスを創業した。
グロービスのビジョンは、堀氏がハーバード留学中にキャンパスの芝生でノートに描いた3つの円から始まった。円の中に書かれた言葉は「ヒト・カネ・チエ」。この3軸が、創業から30年以上を経た現在もグロービスの事業構造そのものになっている。
「ヒト」は経営人材の育成だ。グロービス経営大学院は2026年度の入学者が1,089名に達し、英語MBAプログラムには39カ国から141名が参加するグローバルなビジネススクールへと成長した。
「カネ」はベンチャー投資である。グロービス・キャピタル・パートナーズはメルカリを含む180社以上に投資し、運用総額は約1,100億円に上る。単なる資金提供にとどまらず、投資先の成長に深く関与するハンズオン型のスタイルが特徴だ。
「チエ」はナレッジの発信である。定額制動画学習サービス「GLOBIS学び放題」にはAI対話型検索機能やパーソナライズされた学習フィードバック機能が搭載され、個人の学習体験を進化させている。
2022年にはベルギー・ブリュッセルに欧州初の拠点「GLOBIS Europe」を設立。シンガポール、バンコク、サンフランシスコなどを含め海外10拠点体制を視野に入れ、中東への展開も進めている。創業時に描いた3つの円を、国境を越えて実現し続けている格好だ。
筆者がエージェントとして商社出身の転職者を支援する中で感じるのは、商社パーソンの最大の強みが「構想力」にあるということだ。個別の専門スキルではなく、ヒト・カネ・情報を組み合わせて事業全体を設計できる力は、まさに堀氏のキャリアに体現されている。
3兆円企業を変えた実行力——澤田貴司氏のファミマ改革に学ぶ
構想力に加えて、商社出身者のもう一つの武器が「泥臭い実行力」である。それを最も鮮烈に示したのが、伊藤忠商事出身の澤田貴司氏だ。
澤田氏は上智大学卒業後、1981年に伊藤忠商事に入社し、化学品トレードや米国企業買収に携わった。その後ファーストリテイリングで柳井正氏とともにユニクロのSPA(製造小売)モデル確立に貢献し、2005年には経営支援会社リヴァンプを共同設立している。
澤田氏のキャリアで特筆すべきは、2016年のファミリーマート社長就任だ。就任のタイミングは、サークルKサンクスとの統合直後。コンビニとしての成長鈍化、店舗数の飽和、人材不足など課題が山積していた。
澤田氏が実行した改革は苛烈だった。旧サークルKサンクス5,003店舗の内装・商品変更、見込みのない約3,000店舗の閉鎖を予定より3カ月前倒しで完遂。本部改革では1,025人の希望退職を実施し、売り場・商品開発・マーケティング・人事評価の仕組みまで一気に刷新した。
3兆円規模のビジネスを根本から立て直すというのは、並大抵の胆力ではできない。商社時代に培った大規模プロジェクトの推進力、リヴァンプでの企業再生経験、ユニクロでのSPA構築経験——これらが融合して初めて可能になった改革だったと言える。
澤田氏は2021年に社長を退任したが、改革の成果はその後も定着している。ファミリーマートの既存店売上は業界トップクラスの水準を維持し続けており、構造改革が一過性ではなく持続的な競争力の源泉になったことを証明している。
エージェントとして転職相談を受ける際、「商社の経験は起業やベンチャーで通用するのか」という質問をいただくことがある。澤田氏の事例は、商社で鍛えられた事業推進力が、巨大組織の変革においても圧倒的な力を発揮することを示す好例だ。
商社経験×テック領域——「掛け算のキャリア」が切り拓く可能性
3人目は、三菱商事出身で弁護士ドットコム代表取締役を務めた内田陽介氏である。
内田氏は2000年に慶應義塾大学を卒業後、三菱商事に入社した。しかし商社での在籍はわずか半年ほどで、ITベンチャーへの投資・育成を手がけるアイシーピーに転じている。その後、カカクコム取締役、フォートラベル取締役、みんなのウェディング代表取締役社長兼CEOを経て、2017年に弁護士ドットコムの代表取締役に就任した。
弁護士ドットコムは「専門家をもっと身近に」という理念のもと、弁護士への無料法律相談サービスや弁護士検索など、法律トラブルの解決をサポートするプラットフォームを展開している。加えて税理士ドットコム、企業法務メディア「BUSINESS LAWYERS」など、リーガルテック領域で事業を拡大してきた。
中でも特筆すべきは、クラウド型電子契約サービス「クラウドサイン」の急成長である。導入企業は250万社を超え、累計送信件数は1,000万件超。電子契約システムの年間ランキングでは6年連続で総合1位を獲得し、国内シェアNo.1のポジションを確立した。電子契約市場自体が2026年に500億円規模へ拡大すると見込まれる中、クラウドサインはその成長を牽引する存在だ。
内田氏のキャリアが示しているのは、商社経験そのものよりも「商社で得た事業開発の視座」と「テック領域の実行力」の掛け算が新たな市場を創り出すという事実である。商社の在籍期間は短くとも、そこで培われたビジネスの全体観は、その後のベンチャー経営において確実に活きている。
実際、近年は商社出身者がスタートアップのCxO(経営幹部)に転じるケースが目立つ。CxOクラスの求人数は5年間で約2.3倍に増加しており、特にCFOやCOOのポジションで商社経験者の採用が進んでいる。大規模な事業管理、海外M&A、組織マネジメントといった商社特有のスキルセットが、成長フェーズの企業で高く評価されているためだ。
商社経験を次のキャリアにどう活かすかは、一人ひとりの志向と市場環境によって異なる。ただし、堀氏のように構想力で新たなインフラを築く道、澤田氏のように実行力で巨大組織を変革する道、内田氏のようにテック領域との掛け算で新市場を創る道——選択肢は確実に広がっている。自身の強みがどの方向に活きるのか、一度立ち止まって棚卸ししてみることをお勧めしたい。
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