IFRS(国際財務報告基準)とは、国際会計基準審議会(IASB)が策定するグローバル共通の会計基準であり、M&Aにおける企業価値評価やのれんの取り扱いに大きな影響を与える。本記事では、IFRSの基本概念から、のれんの非償却が企業評価に及ぼす具体的な影響、日本企業の採用動向、そしてIFRS経験人材の転職市場での評価まで、経理・財務領域でキャリアを築こうとするビジネスパーソンに向けて解説していきたい。

IFRSの基本概念と日本企業の採用動向

IFRS(International Financial Reporting Standards)は、日本語では「国際財務報告基準」と訳される、世界140か国以上で採用されている会計基準である。

日本ではこれまで日本基準(J-GAAP)が主流であったが、グローバル化の進展に伴い、IFRSを任意適用する上場企業は年々増加してきた。

2026年現在、東証プライム上場企業の約4割がIFRSを採用しており、その時価総額ベースでは上場企業全体の半数以上を占める規模にまで拡大している。

IFRSと日本基準の根本的な違いは、会計処理に対する思想そのものにある。

日本基準は細則主義(ルールベース)と呼ばれ、具体的な処理方法が詳細に定められているのに対し、IFRSは原則主義(プリンシプルベース)を採用しており、基本原則を示したうえで個別の判断は企業に委ねるという構造を取る。

この思想の違いが、固定資産の耐用年数設定、収益認識の時点、研究開発費の資産計上範囲など、実務上のあらゆる論点に波及することになる。

筆者がキャリア支援の現場で接する経理・財務人材からも、「日本基準とIFRSでは実務の感覚がまるで異なる」という声は非常に多い。

特にM&Aが活発な業界では、IFRSへの移行が単なる会計処理の変更にとどまらず、企業価値の見え方や経営判断そのものに影響するため、経営層の関心も極めて高い。

のれんの非償却がM&A実務に与える影響

IFRSがM&A実務に与える影響の中で、最も議論の的となるのが「のれん」の取り扱いである。

のれんとは、M&Aにおいて買収価格が対象企業の純資産の公正価値を上回った部分を指し、被買収企業のブランド力や技術力、顧客基盤といった無形の価値を反映するものだ。

日本基準では、のれんは20年以内の期間で定期償却される。

つまり、買収後は毎年一定額がのれん償却費として費用計上され、利益を押し下げる要因となる。

一方、IFRSではのれんは定期償却せず、代わりに毎年「減損テスト」を実施し、回収可能額が帳簿価額を下回った場合にのみ減損損失を計上する仕組みとなっている。

この違いは、企業の損益計算書に直接的なインパクトをもたらす。

たとえば、1,000億円の買収でのれんが500億円発生したケースを想定してみたい。

日本基準で10年償却の場合、毎年50億円の償却費が営業利益を圧迫する。

IFRSであれば定期償却は不要なため、減損が発生しない限り営業利益への影響はゼロである。

このため、積極的にM&Aを行う企業にとってIFRS採用は「見かけ上の利益を押し上げる」効果を持ち、株価にもプラスに働く可能性がある。

ただし、IFRSの減損テストには特有の難しさがある。

減損テストでは、のれんが配分された資金生成単位(CGU)ごとに将来キャッシュフローの見積もりを行い、回収可能額を算定しなければならない。

この見積もりには高度な判断が求められ、外部監査人との協議も複雑化しやすい。

買収時に描いた事業計画が想定を下回った場合には、巨額の減損損失を一括計上するリスクも存在する。

実際に、海外の大型買収で数千億円規模の減損を計上した日本企業の事例は近年複数報じられており、のれんの非償却は「利益の安定化」と「突発的な巨額損失リスク」の両面を併せ持つことを理解しておく必要がある。

M&Aの実務プロセスにおいても、IFRSの影響は広範囲に及ぶ。

デューデリジェンス(DD)の段階では、対象企業がIFRSと日本基準のどちらを採用しているかによって、財務数値の読み解き方が異なる。

たとえば、IFRS採用企業の営業利益にはのれん償却が含まれないため、日本基準採用企業と単純に比較すると実態を見誤る可能性がある。

PMI(Post Merger Integration:買収後の統合プロセス)においても、買収側と被買収側の会計基準が異なれば、連結決算のための調整作業が大量に発生する。

筆者の支援先企業でも、IFRS採用企業が日本基準の企業を買収した際、PMI期間中の会計統合に想定以上の工数がかかったという声を聞くことがある。

また、会計基準の選択は納税額にも影響を与えるため、税務面での検討も不可欠である。

原則として、企業評価は採用する会計基準にかかわらず単一であるべきだが、現実には株価やEBITDA等の指標はどちらの基準を採用するかによって有利になったり不利になったりすることがあり、その差異を正確に理解できる人材の価値は高まっている。

IFRS経験人材の転職市場での評価と将来性

IFRSの導入が拡大する中、転職市場におけるIFRS経験人材の評価は年々上昇している。

筆者が転職支援を行う中でも、IFRS関連ポジションの求人は過去2年で明らかに増加しており、特に需要が高いのはIFRS導入プロジェクトの実務経験を持つ経理・財務人材である。

会計基準の切り替えに伴う勘定科目の再設計、連結決算プロセスの再構築、開示資料の作成といった一連の導入実務を経験している人材は、市場での希少価値が極めて高い。

年収レンジで見ると、IFRS実務経験を持つ経理マネージャークラスであれば800万円から1,200万円、CFO候補や財務戦略ポジションでは1,500万円以上のオファーも珍しくない水準となっている。

IFRS経験に加えてM&Aの財務デューデリジェンスやバリュエーション(企業価値評価)の実務経験があれば、Big4(四大監査法人)系アドバイザリーやFAS(Financial Advisory Services)、総合商社の財務部門など、選択肢は大きく広がる。

また、グローバル展開を加速する日本企業にとって、海外子会社との連結決算をIFRSベースで統括できる人材は経営上の重要ポジションであり、単なる経理スキルではなく経営参謀としての役割を期待されるケースが増えている。

今後、クロスボーダーM&Aの増加や資本市場のグローバル化がさらに進めば、IFRSを実務レベルで運用できる人材の需要は一段と拡大すると予想される。

キャリアの方向性として経理・財務領域での専門性を高めたいと考えるのであれば、IFRSの知見は将来的に極めて強い武器となるだろう。

今回は、IFRSがM&Aに与える影響について、のれんの取り扱いを中心に実務的な観点から整理した。

会計基準の選択は企業評価や経営判断に直結する重要なテーマであり、この領域に精通した人材の市場価値は今後も高まり続けると考えられる。

自身のキャリアにIFRSの知見をどう組み込むべきか迷った際には、この分野に詳しいエージェントに相談してみることをお勧めしたい。