「あなたの仕事は何ですか?」。NASAで清掃員として働くある男性はこう答えた。「世界の真実を知る手助けをしているんだ」。

強い組織が必ずと言っていいほどビジョン共有に力を入れる理由はここにある。ビジョン共感の力は、組織の一体感と個々のモチベーションに深く結びついている。

本コラムでは、なぜ企業がコーポレートビジョンへの共感を求めるのか、その理由について考えていく。

終身雇用の終焉

かつて、日本では終身雇用が当たり前であった。企業に入れば定年まで安泰、年功序列で給料が上がるという仕組みがあった。

しかし、バブル崩壊後の経済停滞期を迎え、右肩上がりの成長を知らない世代が多数を占めるようになった。今の企業は終身雇用の負担に耐えきれず、ジョブ型雇用や同一労働同一賃金といった新しい働き方を模索している。

この変化に対応するためには、社員一人ひとりが自らの役割と会社のビジョンを理解し、自発的に行動することが求められる。

つまり、ビジョンの共有は組織の変革と適応の鍵となるのである。

ビジョンがもたらす組織の強化と持続可能性

ピーター・ドラッカーは「起業家精神」を「イノベーションを武器として、変化の中に機会を発見し、事業を成功させる行動体系」と定義している。

起業家精神とは、単に会社を設立することではなく、変化の中で新たな機会を見出し、価値を創造することである。

日本の起業率は他国に比べて低いが、ビジョンを持つ起業家たちは、そのビジョンを実現するために事業を展開し、資金を調達している。

お金はビジョンを達成するための手段に過ぎず、真の目標は社会に貢献することにある。

ビジョンが明確であればあるほど、それに共感する人々が集まり、組織は一層強固なものとなるのである。

ビジョン共感の重要性は、組織の持続可能性と成長に直結している。例えば、ビジョンが不明確な組織では、社員が何を目指しているのか分からず、仕事に対するモチベーションが低下する。

一方、明確なビジョンを共有する組織では、社員一人ひとりが自分の役割を理解し、組織全体の目標に向かって一致団結して行動することができる。

ビジョンは、組織の方向性を示し、社員が共通の目標に向かって努力するための指針となるのである。

叶えたい夢が仕事の質を決める

これまで述べたように、叶えたい夢(=ビジョン)を持つことは仕事の質を決める。

イソップ童話のレンガ職人の話を引き合いに出すと、ある職人は自らの仕事を「レンガを積むこと」や「壁をつくること」あるいは、「教会をつくること」と答えた。

しかし、1人の職人は、「苦しんでいる人を救う場所をつくっている」と返答した。

もし新たな素材が発見され、レンガが無用の長物になれば、その瞬間の作業やステップとして仕事を捉えている前者の職人は職を失いかねない。一方で、真の意義を理解していると言える後者は時代の変化に柔軟に対応できるだろう。

組織レベルでは、NASAの清掃員が「世界の真実を知る手助けをしている」と答えたエピソードが有名である。この話はビジョン共有の重要性を象徴している。

彼は自分の役割をただの清掃と捉えるのではなく、NASA全体のミッションの一部として認識している。このように、強い組織はビジョン・ミッション・パーパスを全社員に浸透させている。

「叶えたい夢」、つまりビジョンがあり、それを叶えるための「ミッション(なすべきこと)」、そしてそれをなす「パーパス(存在意義)」が浸透している。このような組織は1つ1つの仕事に対するパフォーマンスが向上する。

日本の終身雇用は経済停滞後、新しい働き方にシフトしている。

これに伴い、採用面接時にコーポレートビジョンへの共感を重視する企業も増加している。なぜ企業がそれを求めるのか、本コラムの内容を参考にして今一度理解を深めて欲しい。

我々も今一度、自らの役割とビジョンを理解し、行動することが求められている。