顧客体験価値とは、商品やサービスに触れてから使い終えるまでの心理的・感情的な体験の総体である。ナイキはこの価値を最大化し、リピーターを獲得してきた。

顧客体験価値が重視される背景

「顧客」を表すCustomerと「体験」を表すExperienceの頭文字をとって、顧客体験価値はCXとも呼ばれる。

従来のマーケティングは、商品購入の瞬間をゴールに置いていた。追求していたのは主に実利的な価値であり、買った後の時間は視野の外にあった。

現代のマーケティングでは、購買の前後にある体験まで評価の対象に入る。顧客が商品を手にするまでの過程と、使ったあとの満足感が、その商品やブランドへの評価を大きく左右するからだ。

体験価値を最大化できれば、顧客の満足度と愛着が高まる。口コミが広がり、次の購買行動にもプラスに働く。一度きりの取引で終わらず、中長期の関係が残る。

競争の激しい市場でナイキが成功を収めている背景にも、この体験価値の最大化がある。

ナイキのアプリとD2C戦略

ナイキはEC化を進め、D2C(メーカーが消費者へ直接販売する形)を重視することで、ブランドの売上を大幅に伸ばした。

なかでも見るべきは、アプリを通じた顧客体験の作り込みである。

ナイキのアプリでできるのは、商品を買うことだけではない。ユーザーは自身の運動能力を測定し、トレーニングメニューを調べられる。

ゲーム性のある仕掛けも取り入れ、購入体験そのものを楽しいものにしている。ランニングアプリでは走行距離を友達と競い合え、特定の行動を達成するとトロフィーが手に入る。

こうした工夫を凝らし、顧客との関係を深めながらリピーターを増やしてきた。

もう一方のD2Cは、顧客との直接の接点を増やす打ち手である。以前のナイキは卸業者を介して販売しており、自社ではエンドユーザーとの接点を持てていなかった。

EC化により、ダイレクトに買ってもらう場を自前で持てるようになった。ブランドの売上高全体に占めるD2Cの割合は、2011年の16%から10年で39%まで高まっている。

直接の接点が増えた分、ナイキは体験価値を高めた。

顧客体験価値を高める3つの視点

ナイキの事例から、自社のマーケティング戦略に移せる視点は3つある。

まず、説得力あるペルソナ(代表的な顧客像)の設定である。顧客の特徴を具体的に捉えた人物像を客観的なデータから組み立て、それを組織全体に浸透させる。

全社員が共通の認識を持てば、一貫したマーケティング戦略を実行できる。ナイキは顧客の運動習慣やライフスタイルを詳しく分析し、それに基づくペルソナを設定することで、的確なマーケティング戦略を展開している。

次に、カスタマージャーニーマップ(顧客の購買行動を時系列に並べた図)の活用である。購買行動を時系列で整理し、心が動くポイントを見極めると、どのタイミングでどうアプローチするかが明確になる。

ナイキは、アプリを通じて顧客がどのような体験をするかを詳細に分析し、その結果を基にマーケティング戦略を立案している。

最後に、一貫性のあるコミュニケーションである。全てのタッチポイントで一貫したメッセージを伝える。ブランドの人格を統一し、顧客に信頼感を与えることで、長期的な関係を築ける。

ナイキは、アプリ・ECサイト・SNSという複数のチャネルを通じて一貫したメッセージを発信し、顧客との信頼関係を構築している。

顧客体験価値を最大化するには、この3つを踏まえた戦略を立案し、実行に移すことが欠かせない。ナイキの成功事例から学び、自社のマーケティング戦略に活かせば、顧客との強固な関係を築ける。

顧客の期待を超える体験を提供し続けることで、リピーターは増え、持続的な成長につながる。ナイキの成功は、その裏づけである。

自社の顧客は、商品を手に取る前と使い終えたあとに何を体験しているか。一度、時系列で書き出してみてほしい。