転職の軸とは、転職活動において絶対に譲れない最優先事項のことである。言葉は広く知られているが、整理する方法まで持っている人は案外少ない。

転職の軸が指す最優先事項

この最優先事項を自分の中で整理することが、転職活動のファーストステップになる。そして整理した軸は、その転職が成功だったかどうかを後から判断する基準にもなる。

有名企業に籍を置くこと、年収を大幅に上げること。転職の成功をそう考える人もいるかもしれない。ただしそれはあくまでも一般論であり、その人個人にとっての転職成功とは限らない。

一般論としての成功像は、他人にも説明しやすく、迷ったときに寄りかかりたくなる。だからこそ自分の基準とすり替わりやすい。

自分なりの転職の軸を明確にしたうえで、その軸に沿った転職を実現してこそ、本当の意味での転職成功と言える。裏を返せば、有名企業に入れても年収が上がっても、自分の軸から外れているなら成功とは呼びにくい。

では、軸を定めないままなんとなく転職活動を始めてしまうと何が起きるのか。まず、行きたい業界や企業を選ぶ段階で方向性が定まらず、迷走する。

業界を広げるか、職種ごと変えるか。判断のもとになる基準が自分の側にないまま、時間だけが過ぎる。どの求人も良く見えたり、逆にどれも決め手に欠けたりして、応募先の絞り込みが進まない。

仮に最終的に内定を獲得できたとしても、その内定を承諾してよいかを測る物差しがない。条件を並べて見比べても、良し悪しを決めるのは結局のところ自分の基準である。

複数社から内定をもらった場合はさらに難しく、どの企業を選ぶべきか決め手を欠くことになる。軸が曖昧なまま活動を始めてしまい、途中で方向転換を繰り返して時間を浪費する。そうしたケースは、転職者を支援してきた中でも少なくない。

理想と現実のギャップの分析

では具体的に、どのようにして転職の軸を見つければよいのか。大きく3つのステップに分けて進めるのが効果的だ。

第一のステップは、自分のなりたい姿・理想像をイメージすることである。5年後、10年後、20年後の自分がどのような仕事をし、どのような生活を送っていたいか。それを自由に描いてみることが出発点となる。

年単位で先を見るのは、今の延長線から一度離れるためである。ここで気をつけたいのは、一般的な理想像ではなく、あくまでも自分だけの理想像をイメージすることだ。

世間で評価される働き方や、周囲が目指している姿をなぞっても、それは自分の軸にはならない。もう一つ、社会人経験が積み上がるにつれて「これは難しい」「あれはできない」と、自分の中で勝手に制約をかけてしまいがちである。

その制約は、今の職場や今の立場を出発点に置いたときにだけ生まれる。経験を重ねた人ほど実現可能性から逆算する癖がつくが、このステップでは制約を外して自由に発想してみてほしい。

第二のステップは、イメージした理想と現在の現実とのギャップを分析することだ。今の職場で努力を続けることで、その理想の未来に近づけるのかどうか。ここを冷静に見極める。

見落とされやすいのは、この問いの答えが必ずしも転職とは限らない点である。転職活動は、必ず転職という結論で終わらなければならないものではない。今のまま頑張ることで理想に近づけそうであれば、現職に留まるという選択も立派な転職活動の成果である。

一方で現職のままでは理想との距離が縮まりそうにないのであれば、具体的にどのポイントにギャップが存在するのかを深掘りする。ここで挙がったギャップの所在が、そのまま次のステップで絞り込む候補になる。

転職の軸で捨てるものの決め方

第三のステップでは、理想と現実のギャップを埋めるための最優先事項を絞り込む。この作業を進める中で、自分なりの転職の軸が明確になっていく。

ギャップとして挙げた項目を、すべて同じ重さで扱うことはできない。埋めなければ理想に近づけないものから順に、上から並べていく。ここで同時に考えなければならないのが「何を捨てるか」「何をあきらめるか」という視点だ。

年収、企業ブランド、社風、やりがい、勤務地、ワークライフバランス、職種、役職。転職の軸となりうる項目は多岐にわたる。

そして、これらすべてを完璧に満たす企業は現実には存在しない。どれかを取れば、どれかは手放すことになる。転職先を選ぶとは、その引き算を自分で決める作業でもある。

何を優先するかの順位付けと同時に、何を捨てるかまで明確に決める。ここを曖昧にしたまま進めると、理想だけを追い求めて転職活動が全く前に進まなくなってしまう。

優先順位が「上から順に全部ほしい」で終わってしまえば、条件に合う求人はいつまでも見つからない。年収さえ高ければどんなに激務でも構わないという人もいれば、多少年収が下がってもワークライフバランスを最優先にしたいという人もいる。

同じ条件の会社が、一方には理想的に見え、他方には選べない先に映る。どちらが正しいという話ではなく、その人が何を捨てられるかが違うだけである。

このトレードオフの判断には、徹底した自己分析が欠かせない。何を捨てられるかは、自分が何を得たいのかがはっきりして初めて見えてくる。他人の価値観や一般論に流されず、自分自身と向き合うことが何より重要だ。

周囲が口にする「良い転職」と、自分が望む転職は別物になりうる。そしてもう一つ、転職の軸は活動開始時に一度整理して終わりというものでもない。

活動を進める中で企業と接点を持てば、優先順位の見え方が変わることもある。そこで軌道修正していく柔軟さも欠かせない。

ただし、軌道修正ができるのは、その前に自分の基準が置かれているからである。基準がないまま揺れるのは、修正ではなくその場の判断になる。

それでも、自分の価値観のベースとなる部分はファーストステップの段階でしっかりと言語化しておく。そこが、ぶれない転職活動の土台になる。

何を得たいか、何を捨てられるか。この価値観は人によって必ず異なるため、自分一人で整理するのが難しいと感じたら、プロのエージェントとの対話を通じて言語化してみるのもよい。

自分の言葉だけで考えていると、いつの間にか世間の基準に戻っていることもある。制約を外して理想像を描き、現職との距離を測り、そこから何を捨てられるかまで言葉にする。この順でたどり着いた軸は、選択に迷ったときに立ち返れる基準になる。