日本のスタートアップの間で、上場を目指さない企業が増えている。成功の証とされてきた株式上場の位置づけが変わりつつある。

スタートアップが上場を避ける理由

かつてスタートアップにとって、上場は事業の到達点だった。社会的な評価が上がり、集めた資金で事業を一気に広げられるからである。

その計算が崩れてきた。上場までに投じるコストと、上場後に負う義務が、得られるものに見合わなくなってきたためだ。

株式上場には多大なコストが伴う。四半期ごとの業績報告や法的手続きには、まとまった費用と人手がかかる。準備の段階から専門の人材を抱える負担も生じる。

重いのは費用だけの話ではない。上場後は短期的な業績に対するプレッシャーが増し、長期的なビジョンや戦略が損なわれる可能性もある。

三年先を見て仕込むはずだった投資が、目先の数字を守るために先送りされる。上場が経営の自由度を削る場面は珍しくない。

こうした負担が、資金調達という上場最大のメリットを上回りはじめた。上場を選ばない企業が増えた背景には、まずこの逆転がある。

もう一つの背景が、資金調達手段の多様化である。上場という経路を通さずに資金を集める道が広がった。

ベンチャーキャピタル市場は急速に成長しており、豊富な資金が流入している。低金利環境と投資家のリスク志向の高まりが、スタートアップへの投資を後押ししてきた。

クラウドファンディングやエンジェル投資家からの資金調達も、有力な選択肢になった。インターネットとデジタルプラットフォームの発展により、多くの投資家から直接資金を集める道が開けている。

公的な資金の枠も広がった。日本政策金融公庫は、スタートアップ向けの融資枠を従来の最大4000万円から7000万円まで拡大した。

引き上げられたのは限度額にとどまらない。返済期間の一部と据置期間も延長され、創業直後の資金繰りに余裕を持たせる制度になった。

調達の手段が増え、制度も使いやすくなった。これら複数の事象が重なり、従来の上場を通じた資金調達の必要性は低下しているのだ。

M&Aによるエグジットの広がり

世界に目を向ければ、最も一般的なエグジットの方法はM&Aである。

米国、東南アジア、インドでは90%以上、欧州では68%がM&Aでエグジットしている。FacebookがInstagramを買収した例や、GoogleがYouTubeを買収した例が象徴的だ。

国内では長く上場が主要な手段として採られてきたが、ここにきてM&Aによるエグジットが増加している。トヨタが米国企業の自動運転部門を買収した例のように、大型の買収も出てきた。

スタートアップのM&Aでは、大企業が買い手となることが多い。豊富な資金のバックアップを受けられるうえ、企業の知名度や信用力も上がる。

大手傘下という信用は、資金調達の場面でも働く。銀行など金融機関からまとまった額の融資の合意を得やすくなり、上場しなくても資金を回せる。

実現性の観点からも、M&Aは上場より現実的である。

上場には、時価総額や純資産の額が一定以上であること、上場時に一定の株主数が見込まれることなど、満たさなければいけない基準がいくつも存在する。

基準は準備を始めた時点で満たせるとは限らない。莫大なコストをかけても承認されないケースが多々あるため、M&Aを好む経営者が増えている。

こうした背景が、M&Aによるエグジットを加速させてきた。上場を避けてM&Aを選択する傾向は、今後も続くと予想される。

自社のビジョンと戦略を書き出し、それを実現できる経営形態から逆算して資金の集め方を決める。順番をこう置き換えれば、上場という前提に縛られずに済む。

上場は一つの選択肢に過ぎず、成功の象徴ではない。多様なエグジットの方法を検討し、最も適した成長戦略を追求することが求められている。